殺人の三度目的杀人 720pは三つである、それは食事、芸術と救済 中文什么意识

【资源】时计塔の怪盗~WED公开第一章~【梨沙吧】_百度贴吧
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【资源】时计塔の怪盗~WED公开第一章~
2L声明本文转载自梨沙个人网站,第一章全部内容为WEB公开部分【标题打错了最好不要二次转载哦亲们
【1】月光を背に、少女が微笑んだ。 眼下に広がる黒山の人だかりは、すでに町の恒例行事となっている。 皆お揃いの浓绀のつなぎを着ている姿は、何度见てもかわいらしい。「くぉらぁ!! 降りてこんかい!?」 少し白髪の混じり始めた髪を短く刈りこんだ厳《いか》めしい颜の男が大声を张り上げる。よれよれのシャツとズボンに、いかにも安物っぽそうな真红のネクタイ、そして、风にたなびく钝色《にびいろ》のロングコートが彼のトレードマーク。 ミヤツ刑事だ。 部下たちに指示を出しているその姿を见つめ、少女は口を开いた。「お仕事ご苦労様です!」 よく通る澄んだ声は、この场にふさわしくないねぎらいの言叶を伝える。 彼女は今、屋根の上にいた。 小脇には本日の戦利品が抱えられている。 长く明るい栗色の髪を夜风にのせ、少女は言叶を続けた。「乙女の眠り、确かにいただきました」「なにふざけたこと言ってやがる!! お前は完全に包囲されている!! あきらめて降りて来い!!」 大声でがなりたて、ミヤツ刑事は素早く部下に视线を走らせた。「いいか! これ以上**の看板に泥涂るんじゃねぇぞ!!」 少女――クリスが笑う。 相変わらずのミヤツ刑事の热血ぶりが楽しいらしい。「廻りこめ!!」 クリスの动きを目で追って、ミヤツ刑事が怒鸣っている。 小柄な少女は纯白の服に身をつつみ、暗の中で真っ白に浮かびあがる。 まるで、一枚の絵画のように。「今日こそ怪盗クリスを――时计塔の怪盗を捕らえろ!!」 ミヤツ刑事が叫んだ瞬间、クリスはひらりと身を翻す。隣の建物までの距离はゆうに二メートル。少女は何の踌躇もなく、华丽に屋根を蹴っていた。「な……!!」 高低差を配虑に入れるべきだったろう。 その先には、警官はいなかった。彼らは别の逃走経路を予想していたようだ。 侵入者を防ぐために高く作られた壁は、警官たちの行く手を阻んでいる。なまじよじ登ろうにも、有刺鉄线が张り巡らされているのだ。无駄な労力を费やすより、迂回したほうが得策だ。「走れ、马鹿者――!!」 ミヤツ刑事の大绝叫が闻こえる。『今日はまた、ずいぶんと威势がいいじゃないか』 どこかあきれたような声が不意にかけられる。 クリスは屋根伝いに移动しながら、くすりと笑った。「うん、そーだね」 いつもかなり热血だが、今日は格别だ。 本日の获物は"乙女の眠り〟。 名だたる名作が集まるこの町リュードレイでも、これほどの名画が访れることは珍しい。 过去に大富豪が画廊に饰り、それから二百年、ようやく今回日の目を见たという话だ。名作中の名作といわれ、わずか三日间のみ公开される予定だった。「悪いことしちゃったかな。まだ见たかった人いたかも」『いねぇいねぇって。だってお前、ちゃんと予告状出したんだろ。百発百中の时计塔の怪盗に狙われたんだ、本気で见たきゃ、もう见てるさ』 快活に笑う声。「かなぁ?」 脇に抱えた名画にクリスが视线をやったとき、少女の胸元を饰るネックレスが月光を受けて真红に燃え上がる。『気をつけろよ、クリス』 血の色を思わせる真红の石が、まるで息を杀すかのように声をひそめた。『今夜はまだアイツがいない』 石の吐き出す言叶を受けるように、クリスの目の前に漆黒の暗が降り立った。 まるで月の光を遮断するかのような、黒ずくめの影。『宿敌ササラが』 暗がゆっくりと微笑んでいた。
【2.】地上から天空へと风が駆け上がる。 月が煌々と地上を照らしているはずなのに、そこには确かに暗が存在していた。「そう简単に逃げられると思ってたのか?」 どこか険をはらんだ声音は、まだ青年になりきらない少年のもの。「――怪盗クリス。もう鬼ごっこは终わりだ」 漆黒の髪に漆黒の瞳。身に着けているものも、総てが暗の色で统一されている。彼は、黒しか身に着けない。 クリスが怪盗となり、彼が探侦となったときから―― 彼は、丧服のように黒で身を固める。まるでクリスが重ねる罪を责めるように。「ササラ……!!」 クリスが名を呼んだとほぼ同时、彼は身を乗り出した。「ッ!!」 反射的に身を引いたが、足场が悪い。 クリスの体が大きく倾く。とっさにササラの腕が伸び、屋根から滑り落ちそうになる少女の体を支えた。「……捕まえた」 どこか安堵さえ忍ばせる声。 ササラは、优しい。 昔から。まだスクールに通っていたころから。 相容れないとわかっているのに、それでも优しくしてくれる。罪を重ねることがどんなに恐ろしいかを、彼はよく知っているから。「现行犯だ。これで、ようやく」『チッ』 ササラの声に真红の石が胸元で舌を打つ。『代われ、相棒!!』 正攻法じゃ逃げられないと踏んだのだろう、石が忌々しげに言った。「――大丈夫」 石の言叶に、少女が笑った。とたんにササラが眉を寄せる。石の声は、少年の心には届かないのだ。「大丈夫、クリストル」 クリスが何を言っているのかわからないのだろう。ササラは怪讶そうな颜になり、次の瞬间、少女の手に持たれている筒状のものを见て表情を変えた。「クリス!!」「ごめんね、ササラ」 言うが早いが、満面の笑みで、少女は亲指に力を入れた。 カチリといやな音が闻こえた刹那―― ササラの足元が轰音とともに崩れていった。 自分の身に何が起こったのか理解できなかったのだろう。ササラは呆然と今自分がいた场所を见上げている。 ひょこりと、少女が颜を出した。「ケガなぁい?」 大声で闻いてくる。「……ああ」 どこかあきれたようにササラが返す。身を起こそうとして、失败した。「――……」 足场がいやに悪い。 悪いどころか、瓦砾の中にいるにしてはあまりに柔らかすぎる。「これは何のマネ??」 彼の体は、大きなクッションの上に见事にタイブしたらしい。鲜やかなオレンジ色の弾力のあるものが、しっかりとササラの体を包んでいた。 この场所とこのタイミングからして、设置したのはクリスだろう。 裏をかいたつもりが、さらに裏をかかれたらしい。「ケガなくてよかった! じゃ、またね」 すちゃっと怪盗が片手をあげた。
【3.】芸术家たちの生涯をかけた杰作が必ず一度は访れるという町がある。 一世一代の、死の直面にようやく残された"名品〟は、どこか魔力をはらんでいるかのように人々を魅了し、この町にやってくる。 リュードレイ。 一见、どこにでもある何の変哲もない町である。 名产も特产もない。 ただ噂だけが流れるだけの町。 その町の中央には、真っ白な时计塔が建っている。いつからあったのかは谁も知らない。それは昔から、かわらず时を刻んでいた。 以前はどこかすすけた感じのした建物は、少女が住み着くようになってからまるで生をうけたかのように人々の目を钉付けにしていった。时を刻む钟の音も、耳障りだといっていた人间までもが闻き惚れるようになった。 不思议な町に建つ不思议な时计塔。 そしてそこに住む、真っ白な怪盗。 どこか现実离れした、そんな雰囲気さえある。「ただいま」 待つ人などいないが、少女はそう言ってから纯白の时计塔のドアを开けた。 床も白い大理石が敷き诘めてある。少女は軽やかに歩を进めながら、小さく笑った。「ササラさ」『ん?』「ササラ、屋根から落ちるとき、私の腕を放したの」『――ああ』 それどころか、彼女が巻き込まれないようにその体を安全な场所へと押しやって。「优しいよね」 无意识の行为が嬉しかった。『甘ちょろいことやってっから、いつまでたっても半人前なんだよ』「え~でも、あのまま捕まったら、现行犯逮捕だよ? 槌鉄《ついてつ》だよ?」 少女の声に真红の石はうなり声を上げた。「そしたら、クリストルの探し物できないじゃない」『……』 クリスの言叶にクリストルと呼ばれた石が沈黙する。 まるでダンスのステップを踏むかのように、少女が螺旋阶段を上がっていく。光を取り込むためにいくつも作られた窓から月光がさし、少女の姿はさながら空を舞い踊る妖精のようだった。『探し物はな』 ポツンと、クリストルが言った。『探し物は、见つからないほうがいいかもしれない。オレには、そんな资格はないかもしれない』「――どうして? 顽张ったんでしょ? 昔も、今も、顽张ってるんでしょ? だったら、ちょっとぐらい、我が尽になってもいいんだよ?」『お前、巻き込んじまってさ?』「平気だよ」 再び、石は沈黙する。「利害関系の一致だよ。クリストル」 少女はクスクス笑った。「父様も怪盗だった。私も父様のような怪盗になるの――ならなきゃいけないの。だから、いいんだよ」 少女が足を止める。 目の前には大きなドアがあった。壁も床も何もかもが真っ白に涂りこめられた空间で、そこだけがぽっかりと穴が开いたかのように真っ黒だった。 クリスはそのドアをゆっくりと押し开ける。「ただいま、父様」 やわらかく微笑みながら、谁もいない空间へ声をかける。 大きな部屋は、今までに盗んできた美术品で埋まっていた。父が盗んできたものも多くふくまれている。どれもが二つとないほどの名作――で、あったものだった。 大理石で作られた雕刻、宝石をちりばめた刀剣、优美な王冠や巨大な絵画――挙げたらきりがないだろう。コレクターなら喉から手が出るほどの作品群である。だが、それらは総て过去の栄光だ。 人々の噂をさらっていった名作たちは、すでに名作ではない。 そして、少女の手にもたれた絵画も、もう名作ではなくなる。 クリスは部屋の中央へ移动した。大きな円のかかれた场所にちょこんと座ると、丁宁に絵画をくるんでいた布を取る。 中は、淡いピンクで満たされた优しい空间が眠っていた。
 乙女の眠りと呼ばれる名画。 一面のバラの褥《しとね》で眠るのは、あどけない少女である。柔らかそうな頬はほんのり色づき、きっと楽しい梦でも见ているのだろうその唇は、微笑を刻む。 プラチナブロンドの髪は淡いピンクのバラに溶け、现実と梦の境界线を消し去っていた。 クリスはその絵を脳裏に刻み込むように凝视して、そっと瞳を伏せる。「长い间――」 両手を胸にあて、それを絵画の中央へ。「ご苦労様でした。もう、自由になって」 指先に力を込めると、かすかな热を感じた。「あなたの名は世界に刻まれ、时间《とき》の楔《くさび》は成就されました。过去を望みし者よ、永劫の栄誉を望みし者よ――某《そ》が名を――」 絵画に触れた指のあいだから、光の粒がこぼれ出す。それは瞬く间に人の形をとった。 光の粒は、一人の老婆となってクリスの前にいた。 长い白髪をひとつにまとめ、质素な黒いドレスを身に着けている。 黒衣は丧服であった。 老婆はクリスを见て微笑み、ゆっくりと头を下げる。 そして、口を开いた。 抑扬もなく、口が动く。感情を押し杀しているのだろう。忧いを含んだ瞳は、悲しげに揺れていた。 だが、老婆がどんなに言い募っても、その一室に音が生まれることはなかった。 ――声は、言叶にはならなかった。 老婆はクリスに何かを切々と诉え、そうして、最后にもう一度头を下げる。 クリスはにっこり微笑むと絵画にのせていた手を离し、その手を胸の前でぴったりと合わせた。「――承りました」 少女の言叶に、老婆は安堵の微笑を浮かべる。 老婆をかたどっていた光の粒は崩れ、ゆっくりと天井へと移动する。光は天井をすり抜け、さらに上へ。 天上へ―― そして、世界へと溶け込んでゆく。『なんて言ってたんだ、あの婆さん』 ふと问いかけた真红の石に、クリスは瞳を伏せる。 残された絵画を両手で持ち、优しく抱きしめた。 絵画の中で眠る少女は何も変わらない。柔らかい頬も透けるような肌も、鲜やかなプラチナブロンドも。 なにも変わらない。 ――変わらないかのように见えた。 だが、何かが决定的に违う。 谁もが、そう思うだろう。はっきりと理由を言える者はいないだろうが。「この子ね」 クリスはささやくように言った。「あの人がずっと昔に亡くした一人娘なんだって。ずっとずっと、彼女を描き続けてきたんだって」 朝も晩も、来る日も来る日もただひたすら亡くした爱娘を描きつづけた。娘を亡くした悲しみは尽きることなく、彼女を蚀んでゆく。夫は离れ、时间だけがただむなしく过ぎてゆき、しかし彼女はそれにさえ気付くことができなかった。 鬼気迫る姿だと、他人の目には映っていたであろう。だがやはり彼女はそのことにも気付かず、幸せだったころの自分へと溺れていった。 彼女は絵笔を持ち続けた。 総てを、捧げるように。 命よりも大切な娘。 死んでなお募る想い。 ただ愿うのは、この子の幸せだった。 だから。「この子が天国に行けるように、この絵を燃やしてくれって」
【5.】小鸟のさえずりが闻こえる。 云ひとつない青空。ぬけるような蓝《あお》。空気が澄んでいる。 一阵の风か吹きぬけると、大木が青々とした叶をゆらす。惊くほど広い公园には、子供たちの元気な声が响いている。 少年が芝生に足を取られて盛大に転んだ。 それを见て、子供たちが大笑いをしてはしゃいでいた。 いつもの风景。何の変哲もない日常。「いい天気」 大きな真っ白いリボンのついた、纯白の服を着た少女がまぶしげに空を仰ぐ。靴も靴下も、本当に何もかもが真っ白な少女。 时计塔の怪盗と呼ばれる少女。「天国、行けたかな?」 先刻、絵を燃やした。名画と呼ばれ、人々に爱された「乙女の眠り」と呼ばれる清楚で穏やかな絵だった。 総てを舍てて絵を描き、絵に囚われ、そうして死んでいった老婆の、それは最初で最后の愿いだった。『さぁな』 兴味なさげに、真红の石――クリストルが返す。『オレはそれより、あそこで燃えてるガキのほうが気になるぜ』 うんざりといったような口调に、少女怪盗が视线をさまよわせる。「あ……」 漆黒の少年が一人、むっつりと立ち尽くしていた。纯白の少女――クリスとはあまりに対照的なその姿。髪も瞳も真っ黒で、シャツもズボンも靴までもが、本当に呆れるぐらいに黒一色。デザインは凝っている様だが、ここまで黒で固められてしまうとセンスのよさも霞んでしまう。「おはよう、クリス」 小さな纸袋を手に、颜に张り付くような笑颜でササラが近づいてきた。かなり不気味だ。「お――おはよう、ササラ。き、昨日はご苦労様」 うわぁ、と、クリスは心の中で引きつった声を出す。「まんまとお前にしてやられたよ。あそこにトラップがあるとはね?」「ケガなくてよかった」 すかさず切り返すと、ササラは盛大に溜め息をついた。「もういいかげん辞めたらどう?」 とすんとクリスの横に座り、ササラは溜め息交じりでそう言った。「え?」「怪盗屋。调子のりすぎだよ、お前」「ダメ」「……転职しろって言ってるんじゃないよ。辞めろって言ってるの」「ヤダ」 は~っとさらに盛大な溜め息。 片手に持っていた纸袋からサンドウィッチを取り出すと、その袋をクリスの方にさしだした。クリスが首を左右に振ると、気に留めたふうもなく纸袋を芝生に置く。「お前、わかってるの? 现行犯で捕まれば、极刑だよ。槌鉄だ。もう10本――杀してくれって叫ぶ数だ」「……」「潮时だろ。怪盗クリスの名は――时计塔の怪盗の名は、もう时代に残ってる」「ダメなの。まだダメ」 サンドウィッチにかぶりつきながら、ササラは何度とも知れない溜め息をつく。スクール时代から知ってはいたが、本当に、あきれるほどの顽固者。见てくれはかわいい。明るい栗色の髪はサラサラで背の中ほどまで伸ばされ、ライトグリーンの瞳は宝石のように辉いている。ころころ変わる表情も好感を抱く要因で、一途なところも决してマイナスのイメージはない。 ――なかったはずだった。 てっきり花屋や、服屋になるだろうと思っていた少女が、まさか怪盗业についてしまうなどとは努々《ゆめゆめ》思うこともなく。 さらに探侦屋となった自分が彼女を追いかける羽目になるとはまったくもって予想外で。「何でこんなことになったのかなぁ」 ついつい本音が零れ落ちる。「そうだ! ササラが探侦屋辞めて、怪盗屋になればいいんだよ!!」「极论!! それ极论すぎ!!」 があっと少年が吼えた。「なんで? 二人でやれば効率いいよ!」「オレは今の仕事に夸りもってんの! 転职なんてする気ゼロ!!」 そういって、がつがつサンドウィッチを頬张る。黒で固めているせいか、雰囲気は物静かな薄幸の美少年チックだが、実はなかなかササラは豪快な性格をしている。同时に繊细なところも持ち合わせていて、意外に奥の深い少年である。「もったいないな~ササラ、白い服も似合いそうなのに」「二人で真っ白怪盗か。冗谈じゃない」 そう言って、二つ目のサンドウィッチにかぶりついた。「だいたいね、転职なんて人生の败者のすることだ。何のために五歳から十年间もスクールに通ってると思うんだ?」「……生涯の"职〟を见いだすため」「そうだろう。何年もかけて决めた职をどうしてかえる? 零落《れいらく》もいいところだ。町中の笑いものだよ」 ササラの言叶に、クリスはあいまいに笑った。 子供たちは五歳でスクールに通いだす。その目的はただひとつ。"生涯の职〟を见つけるためだ。 期间は十年间。その中でいろいろなことを学び、体験し、己に最もあった职を见つける。中にはわずか五年で生涯の职を见つけ、早々とスクールを卒业する者もいれば、なかなか决められず十年间ずるずると居続ける者もいる。 クリスとササラは九年目でスクールを卒业した。スクールを卒业し、职を持てば、一人前とみなされる。一人前になった证として、子供たちは己の家と、己の生涯名乗る名を手に入れるのだ。 人には二つの名がある。 幼少のころに亲からもらった名と、成人してから自らにつける名。 名は己の生きた证。 名を残すことは、命を残すこと。「お前が、クリスを名乗るとは思わなかったよ」 ふと、ササラが言った。「お前が大怪盗の名を継ぐなんて思わなかった――」 どこか苦しげに、小さな探侦がつぶやいた。
【6.】なんとなく気まずくなりながらも、クリスはササラの隣にいた。 とりあえず家に帰ろうと思って立ち上がったら、タイミングがいいのか悪いのか、ほとんど同时にササラも立ち上がって、结局肩を并べるハメになる。 赤茶けたレンガの敷き诘められた道を歩きながら、クリスは心の中だけで溜め息をつく。『ヤダね、暗い男は』 自分の声がササラには闻こえないと重々承知の上で、意地悪く赤い石が笑った。『気にしてないってフリしといて、もう心配で心配でっ――』 クリスが赤い石を指ではじくと、石は静かになった。『わかったよ』 一言だけ拗ねたような声で言って、クリストルは沈黙した。 レンガ造りの建物にはさまれた小道を曲がると、少し広めの道に出た。小さな店がいくつも立ち并ぶ歩きなれた道。「クリス!」 元気いっぱい少年が駆け寄って、クリスに纸を渡す。「号外!! 昨日大活跃だったな! 最近新闻人気出てさ、ワーズさんがいい纸出してくれるんだよ!! オリビアさんもインク奋発してくれてさぁ、オレの新闻大人気!!」 ガッツポーズで少年は大はしゃぎだ。颜や体のいたるところについたインクすら、まったく気付かずにいるようだ。「见ててくれよ! リュードレイ一の新闻屋になってやるからさ!!」 少年は忙しそうに走りながら大声で手を振る。「号外だよ! 号外!! さぁマックスの新闻、号外版だよ!」 元気な少年が跳ねるように远ざかっていく。 それを见诘めて、ササラが苦笑した。「**屋も形无しだな」 クリス一人を捕まえるのに、いったい何人の警官を动员したのだろう。探侦であるササラも呼ばれ、结局は捕まえることもできずにいる。「昔はさ」 ササラが独り言のように言った。「状况证拠でも逮捕できたのになぁ」「じょうきょうしょうこって何?」 意味をまったく解していないクリスが、小首をかしげた。「指纹やその场に残された色んなものを照らし合わせて、こいつが犯人だって间违いなく确定したら、令状とって逮捕できたの」「现行犯じゃないのに!?」「そうだよ。家宅捜査だって令状があればできたんだ」「かたくそうさって何!?」「……犯人たる确率のある、あるいは犯罪に加担しているだろう人物の家や事务所、もろもろの建物に入って调べることだよ」「胜手に入るの!?」「令状とってね」「れいじょうって何!?」「――……」「それっていつの话!?」「二、三千年前」「大昔じゃない!!」「そうだよ」 今の时代じゃない。大昔。文明が急激に発达していったころの、合理的なシステム。それは、犯罪を未然に防ぐことすらできた科学。 自然を破壊し、総てを破壊しつくして手に入れた歪んだ平穏。「この世界は、多分そのころとは违うんだ。何もかもが、违いすぎる」 せめて家宅捜査という方法がまだこの世界に残っていてくれれば、クリスを捕まえることもできただろうに。いや、状况证拠だって、十分すぎるほどそろっている。"现行犯逮捕〟が绝対原则でなければ、この少女がここまで罪を重ねることもなかったはずだ。 捕まえなければ、罪を问うこともできない。 それがこの世界。 おかしなものだと思う。过去を知れば知るほど、この世界が不透明になっていく気がする。これ以上调べたところでその违いに落胆するばかりだというのに、それでもササラは过去に思いをはせる。「クリス!!」 思考の波に饮まれそうになったとき、明るい女の声が现実へとササラを引き戻した。「昨日、见たよ! やっぱクリスは白が似合うね!! ほら、新しい服!」
 気がつくと、目の前に纯白のフリルのだらけの服を持った女がいた。彼女はクリスにその服も持たせると、机嫌よく笑う。「また活跃しとくれよ。マルシア仕立ての服の名が世界中に轰くようにね」「わ、かわいい! すごい、マルシアさん作ったの!?」「もちろん! レースはエバの特注品、生地はバルバロんトコの最高级品さ。軽いよ? 着心地もいい」「次の仕事のときに着るね!」「ああ。よろしく頼むよ。そうだ、写真屋にも连络しとかなきゃ! いい写真撮ってもらわないとね!!」 嬉しそうに破颜して、マルシアが离れていった。するとそれを待っていたかのように、中年男がこれまた真っ白のブーツを一足持ってくる。「よ、クリス。マルシアにさき越されちまったな」 口髭をたくわえたぽっちゃりとした男は、苦笑しながらブーツをクリスに渡す。「ローズ婆さんとこの本皮仕様だ。足にぴったりくるが、缔めつけたりはしねぇ。靴底も、これがまた――いや、履いてもらえばわかるか。ニルスの力作さ。病み付きになんぜ?」 自信満々に、中年男が笑った。「今度はちっとばかしヒールの高いヤツデザインすっからよ、そんときも履いてくれよ」「うん、ありがと」 笑颜で返すと、「なによぉ、みんな早すぎ!! あたし走ってきたのに~ッ」 と、まだ年若い女が割り込んでくる。 大きな真っ白い花束を抱えて、ちょっと拗ねたように笑った。「はい、クリスちゃん、あげる」 差し出して、クリスがすでに荷物をいっぱい抱えているのを见ると、パッとササラに向き直った。「はいササラ、荷物持ち」 にっこりと微笑んで、真っ白な花束を差し出された。「……」 真っ黒な少年は、あきれたような颜でそれを受け取る。「バーバラの花园超満开なの。クリスちゃんのためにがんばって咲いたんだよ。活けてあげてね?」 花のような笑颜でウインクする。「お、いいねぇ。オレにもくれよ。カミさんが、お前んトコの花好きでさ」 男が覗き込みながら言うと、ぱっと彼女が颜を上げる。「いいよぉ。どんなのがお好み? 今ならウィヴェットが咲き夸ってるから、それメインで花束つくろーか?」「いいねぇ。そんじゃ、それで頼もうかな」「OK。じゃ、クリスちゃんまたね」 ひらひらと手をふりながら、騒がしい二人が离れてゆく。 くすっと少女が笑った。どこか困ったようなササラの颜が、妙に面白い。普段花など持たないから、どう持っていいのかもわからないような表情だ。「ごめんね、ササラ」「……いいよ。荷物、换えよう」 どう见てもかさばるものを持たされているクリスにそう返して、ササラはひょいとクリスから荷物を取り上げると、代わりに花束を渡した。「相変わらずモテモテだな」「おかげさまで」 ササラの嫌味を、クリスがさらりと流す。クリスの活跃はすなわち**の失态。そして、その**に手を贷しているササラの失态でもある。 ゆえにクリスが人に好かれるのは、ササラにとってはあまり喜ばしい光景ではない。「やっぱり妙なんだよ」 小さくつぶやくササラに、クリスが不思议そうな颜をする。「なにが?」 この光景が。 と、ササラは続けた。「通货がないってことが」「つうかって何?」 なんだかさっきもこんな会话をしたぞと思いながら、ササラは溜め息混じりにクリスに说明をする。「通货ってのは、お金だよ」「おかね?」「金货や银货、铜货」「あ、それ见たことある! 博物馆に饰ってあるやつ!!」 兴奋したようにクリスが言った。 まぁ一般人の知识はこんなものだ。自分が大昔のことを调べ、そのことを话すと大概みんな微妙なリアクションをする。
 无论クリスもその一人。「もともとそれには共通の価値がある。たとえばこの服。この服には银货一枚分の価値があるとする。そうすると、クリスはマルシアに银货を一枚渡さなきゃいけないんだ」「なんで?」「マルシアから服を买ったからだよ。マルシアはその金で、次に作る服の材料を买ったり、自分の欲しいものを买ったりするんだ。大きな买い物をしたいなら、お金をためなきゃいけない」「どうやって?」「……人が欲しがるものをいっぱい作っていっぱい売るんだよ。利益が出るように大量に物を仕入れて、大量に作って売る。お金には共通の価値がある。それは一定の価値。多く持てば持つほど、裕福だってコトさ」「裕福なの? だってそれってお金でしょ? お金がいっぱいあるってそんなにすごいことなの?」「欲しいものが何でも手に入る」「今だって手に入るよ。でもお金はいらない。人が望むのは名声だよ。お金をどんなにたくさん持っていても、それは记忆には残らない。记忆に残らない人间に価値はないよ」 クリスの考えが一般的なのだ。この世界に通货概念はない。 いつからそうなったのだろう。 人の记忆に、歴史に名を刻むことが誉《ほま》れとされるようになったのは。 确かに、财产を残すことにそんなに魅力を感じはしない。それはササラも同じで、でも同时に、人の行うこと総てが善意と名誉のために成り立つこの世界にも疑问を感じる。 多くの人间は一生の职に芸术家を选ぶ。なかには安易に名を残せると考えるものもいるが、実际には町の人口の半分が芸术家ともなると、そうそう简単なものではない。 次に多いのが怪盗。これもやはり安易に名を残そうという意図が见え隠れする。だが、これはリスクが高く、ほとんどのものが挫折しては无职となって爪弾《つまはじ》きされる。 そして警官と続く。警官は坚実な仕事だ。派手に名を残すことは少ないが、殉职すれば署の共同墓地に埋葬されその栄誉がたたえられるし、退职しても署の壁面のレンガに名を刻んでもらえるという妙な特典のおかげで根强い人気がある。 名は己の生きた证。 名を残すことは、命を残すこと。 通货はいらない。必要ないのだ。 人々の记忆に刻まれるためには、そんな価値観など何一つ必要ない。必要なのは、ひとつのものを贯き通す意志。 己を最高峰にまで高める强靭な精神。 それのみが己を形作るためのモノ。『记忆に残らない人间に価値はない、か』 赤い石は、ささやく。『オレの名は世界に刻まれた。だが、オレの生に価値はあったのか――?』 过去に大怪盗と呼ばれた男がいた。 死してなお死ぬこともできずに现世に缚りつけられる、永劫の悪梦の中に身を投じる男が。 彼は赤い石となって、今なお世界を探し続けていた。
【9.】 最近、溜め息の数がどんどん増えている。あまりいい倾向ではない。 そう思いながら、ササラはやはり溜め息をついている。 街中を歩けば、皆こぞってクリスの活跃を褒めた。彼女が怪盗としてデビューして以来、その噂は途切れたことがない。 スクールを卒业してもうすぐ一年になる。その间、彼女はただの一度も捕まったことはなかった。その土付かずの连胜记录と、あの可怜な容姿に皆が注目するのは道理だろう。 真っ白い时计塔に住む、真っ白な怪盗。 暗の中に浮かぶその姿は纯白の天使のようだった。 そして、それを追うのが漆黒の少年。「ロクなもんじゃないな」 まるで光と暗のおっかけっこだと揶揄される。暗は永远に光には触れられないのだと、そんなことまで言われる始末だ。「本当、ろくでもない」 好きでとり逃がしているわけじゃない。 それどころか、一刻も早く捕らえたいのに。 ただただ歯がゆいばかりだ。「次こそは……」 そう言って、ふと足を止める。クリスと别れてから物思いにふけっていて、自分がどこを歩いているのかさえ忘れていた。 彼はあたりを见渡して、そこがひどく见なれた建物の中であることに気付く。 ササラは今、**署の中にいた。 そこかしこで忙しく働く警官たちは、皆同じ绀のつなぎを着ている。勤勉な警官たちは昼夜を问わず働きづめで、いつ休んでいるのだろうと首をひねりたくなるほどだ。「あらササラ、こんにちは」 廊下を扫いていた中年の女性が、にこやかに挨拶をする。 この人も、いったいいつ休んでいるのだろう。**署に来れば必ずどこかを扫除して、いつ来ても署内はチリひとつないほど磨き上げられている。「こんにちは、サルシャさん。いつ来てもここは绮丽だね」 お世辞でもない素直な感想を言うと、サルシャが微笑する。「きれいだと気持ちがいいでしょう?」 軽く腰をたたきながら、长い廊下に目をやった。「次はトイレ扫除よ。ああ、忙しい」 小さく名を残す人がいる。 本当に小さく。ただ确実に。 彼女もたぶんそんなタイプの人间だ。きっと彼女が他界しても、サルシャが扫除をしていた署内が一番きれいだったと、みんな口をそろえて言うことだろう。 それが彼女の夸り。 彼女の生きた证。 本当に小さいけれど、それで彼女は満足なのだ。「――がんばってね」「ええ、ありがとう」 にっこり微笑んで、彼女はほうきと尘取りを手に歩き出した。 ササラは二阶に上がった。廊下を挟んだ向かい侧が资料保管库になっている。阅覧は自由。惊くほど整顿された広い室内には、膨大な数の资料が眠っている。ササラはその中をゆったりと歩きながら、目的の棚で足を止めた。 ふと入り口を见ると、自分が知らずにかなり歩いてきたことがわかる。以前ここを管理していた老夫妇は、ビンセントとエリザと言った。ともにその労をねぎらい、长く署内でその名を语りつがれることだろう。 そこは、それほど膨大な书类の眠る场所。 过去の犯歴の総てを记录するといわれる部屋。ある意味、リュードレイが世界に夸ってもいい场所だ。 ササラは书类の入った箱をひとつずつ引き出しては丹念に目を通していく。人の业《ごう》は、いつの时代にも変わらず存在する。勤勉で诚実で、后世にその名を残すことが誉れとするこの世界でも、业はやはり消えることもなく现在、未来へとつながっていく。 これがその证でもあるようだと、ササラは思う。 消えることのない痣《アザ》。「なんだ、ササラか」 前触れもなく、ひょこりと男が现れた。微妙にくすんだような白いワイシャツによれよれの赤いネクタイを引っ挂けた、どこか冴えない男――ミヤツ刑事である。
 夜の彼はそれはもう生気に満ちているが、昼间の彼は本当に昼行灯《ひるあんどん》のような颜で署内をうろついている。 短い髪をバリバリかいて、胃が见えるんじゃないかというほどの大あくびをかます。「探しもんかぁ?」「え、ええ、ちょっと」 资料保管库が広すぎるため、先客がいたことに気付かなかったらしい。 ミヤツ刑事はごしごし目をこすりながら近づいてきた。「家には戻ってないんですか?」「ああ。まぁな」 ササラがその质问をしたのは、ミヤツ刑事のあまりの覇気のなさゆえである。ミヤツ刑事の场合、服装はあまり论点にはならない。彼の趣味なのか、彼はいつも同じような服を身につけているからだ。「休んだほうがいいですよ」「休んでるよ。さっき仮眠をとったんだ」 ボキボキと首の骨を鸣らしながら、男はそう返してきた。「昔は一周间に一日か二日は休みがあったんですよ」「一周间?」「七日间をそう区切って呼んでたんです。そのうちに休みがあって」「马鹿言うな。**屋が休んでどうする。その间に事件が起こったら、それはどうするんだよ」「交代制で、出勤している人间が――」「"休んでるとき〟に事件に出くわしたら? **屋は**屋だ。24时间、オレが**屋だってコトにゃかわりねぇ。休みだから関系ねぇなんざ、そんな马鹿な话があるか」 ふんぞり返ってミヤツ刑事が言った。 ――この世界には、定休日の概念もない。 人々はただ働きつづける。それが彼らの夸りだから。 おかしな世界。おかしな常识。 ササラだけがそのことを理解して、理解しているがゆえに逆に妙な子供だと言われ続けている。 怪盗はどこに行っても怪盗だし、**官はどこに行っても**官で。 それがかたくななまでに定着する世界。「なぁササラ。昔のことを调べるのは、悪いことじゃない。だが、ちっとばかし囚われすぎてやしないか?」 决しておかしなことを言っているつもりはないが、逆に谕される。ササラの常识は、世间一般でいうところの非常识でもあった。「そう……ですね」 クリスと话したときも、妙な颜をされた。ミヤツ刑事も然り。 结局ササラの中の常识は、この世界とは相容れない次元のものなのだ。 どこかしょんぼりとして书类に目を落とす少年に、ミヤツ刑事が微苦笑する。少年の知识は惊くほど豊富だ。勤勉ゆえに问题も抱えているが、ミヤツ刑事にとっては决して不愉快な种类ものではない。「で、なに调べてんだ?」 话の矛先を変えるように、ミヤツ刑事はのんびり闻いた。「いえ……たいした物じゃないです」 わずかに言叶を浊して、ササラは口ごもる。「言ってみな?」 棚にひじを乗っけながら、ミヤツ刑事が角ばった颜をほころばせた。「――クリストル、って名の……」 ササラの言叶を耳にした瞬间、ミヤツ刑事の太い眉がわずかにつり上がった。笑みが消えている。「お前、何でその名前知ってる?」「え?」「犯罪记录には载ってねぇはずだ。その名前――」 どこか険しい颜で、ミヤツ刑事は続けた。「それは、"大怪盗クリス〟の本名だ」
大怪盗クリス。 それは世界を震撼させた名。 あらゆる美术品をことごとく盗んでいった怪盗。彼は20代前半ですでに「大怪盗」と呼ばれ、その腕前は比类なきものと褒め称えられた。 もっとも、彼がそこまで脚光を浴びたのは、その容姿のせいでもあるのだろう。 噂しか闻いたことはない。 もう何百年も昔に世を騒がせた男だ。 彼はなかなか、男前だった――らしい。 彼をモチーフにした絵を何枚も见たことがある。砂を吐きそうな気分だった。おそらく、いや、绝対に描いたのは女だと、ササラは心の中で毒づいていた。 大怪盗クリスはあまりに现実离れした、かなりの美丈夫に描かれていたのだ。これは男装の丽人かと本気であきれたこともしばしばだ。 どれもが一様に美青年で、かなり华奢に描いてあった。 ほとんど横并びの絵画たち。そのなかで、わずかに一枚だけ、ササラの目をひいた絵があった。 それは20センチ四方の、本当に小さな油絵。絵の中の男は、月光を背に、漆黒の暗に溶け込むかのようにたたずんでいた。 口元に刻む、不敌な笑み。 挑むような眼差し。 絵の中にあってなお、その男の息遣いが闻こえてきそうな、そんな絵だった。 これが、クリスだ。 ササラはそう思った。 どこかシニカルとさえ映る笑みをたたえ、きつく前方を睨みすえる、これが本当の彼自身だ。 美丈夫といわれると、そんな気もする。 细身ではあるが、锻えぬかれた体。どこか少年の面差しをとどめるそのマスクは、不思议とササラの脳裏に刻まれていた。 大怪盗と呼ばれ、その名を世界に刻んだ男。 人の记忆とともに永劫を生きる男。「クリストル……」「ああ。幼名は――确か、オルフィス」「クリストル・オルフィス」 呆然とつぶやくササラに、ミヤツ刑事がうなずく。「语《かた》り部《べ》の爷さんから闻いたことがある」 世界には色々な职业がある。语り部も职业のひとつで、语り部たちはさまざまな土地のさまざまな伝承や昔话を闻いては、人々に広めていった。中にはもちろん流说も多い。 语り部は真実を语る者もいれば、嘘ばかりを语る者もいる。 ミヤツ刑事の知る语り部は、真実だけをつむぐ男だった。「でも、待ってください。そんな名は一度――」「ああ、闻いたこともなければ见たこともなかろうよ。ヤツぁな、転职したって话だ。人生の败者さ。本来ならここまで有名になること自体、ありえなかった」 子供たちは五歳でスクールに入る。生涯の职を决めるために。10年间、彼らは自らに合う职を――天职を探すためだけにスクールに通うのだ。そして一度ついた职は、决して変わることはない。 10年かけて己を见极めるのが、子供たちの一番初めの试练なのだ。职を持てば一人前と认められるように、それを変えることはすなわち、己を见极められなかったことの证明となる。 転职をするものはいない。 それは生涯の耻となり、汚点とされるから。 どんな理由があろうとも、自分自身を见极められなかった人间など谁もが决して认めてはくれないとわかっているから。「大怪盗が、転职?」「ああ。呆れるだろう。どのツラ下げて人様の前に出たんだか気が知れねぇ」 吐き舍てるように言うと、ミヤツ刑事の颜はさらに険しくなった。「昔は花屋だったって话さ。ある日いきなり、怪盗を名乗った。狙うもの狙うもの、ことごとく掻《か》っ攫《さら》っていって、すっかり有名人さ。いい気なもんだ。当时はすさまじかったらしいぜ? ヤツの噂で世界中が热狂した――転职の事実が広まるまではな」 その后のあつかいを思うと、ササラは気分が暗くなった。おそらくは――
 そう、おそらくは。「知ったとたん、世界中が敌にまわった。なぁ、当然だよな? 転职した男が、人生の败者がでかい颜して怪盗を名乗ってやがったんだ。ヤツぁな――ヤツは……」「世界中から骂倒を浴びせられて、そして捕まったんだ」 だから、彼にまつわる资料が异様に少なかったのだ。 彼が盗んでいった美术品は、1000点をはるかに越えたという。その彼に関する资料が、このリュードレイの保管库でさえあまりに少なかった。 それは意図的に隠蔽《いんぺい》された证拠。 汚点であるその事実を世界が抹消しようとしたのだ。 そして人々は彼の汚点を隠し、美谈だけを语り継いできた。あたかもそれのみが真実であるかのように。 盗めぬものなど何一つないと言われた、世纪の大怪盗――。 その真実がこれか。 崇拝され、褒め称えられたその先に待っていた未来が、裏切られたと骂倒する人々の怒りか。 そのとき、彼はいったい何を思ったのだろう。「大怪盗クリスは、槌鉄を受けた」「ええ……知ってます」「――100本」「え?」「やつの体に100本、楔が打ち込まれたのさ」「――!!」「报いだ。世界を骗し続けたその报い」「无茶苦茶です! あれは人の命を削る呪物だ!!」「そうさ。一本打ち込むごとに、5年――ヤツの体は500年分の时间を槌鉄で夺われた」 その苦痛は、想像を绝する。「そんなのは酷い……それはあんまりだ……」 ササラはうめいた。 槌鉄は、极刑。 极刑だが、それそのものでは死ぬことはない。「……そうか、お前――」 真っ青になったササラに、ミヤツ刑事が言叶を饮み込んでいた。 ササラは、14歳でスクールを卒业した。彼は昔から憧れだった探侦となり、"ササラ〟と名乗って、大人の仲间入りをした。 その顷、リュードレイには通り魔が出没していた。 暗杀屋も杀し屋も、职业であるには违いない。 通り魔は连続杀人鬼であり、杀し屋でもあった。名を知らしめるための歪んだ使命感に駆られて、通り魔はただ无差别に人を杀しつづけた。 现行犯逮捕が鉄则。 歯がゆいばかりの常识だった。**は、目の前に杀人鬼がいるにもかかわらず、手を出すことができなかった。**は男を24时间体制で监视することを决めた。 だが、通り魔はそんな**をあざ笑うかのように、忽然と姿を消しては、犯行を重ねていった。 そして、12件目。 男は、14歳の探侦に捕まった。 あまりにも意外な、あまりにもあっけない幕切れだった。 男は、せせら笑った。「これでオレの名は、歴史に残ったか?」 そうササラに问いかけて。 男の名は知らない。 ササラにとってはどうでもいいことだった。ササラは、その男が重ねてきた罪を憎んでいた。 极刑である槌鉄が执行されると知ったとき、当然だと思った。それほどの罪を重ねてきたのだ。しかるべき処分であると、そう思った。「なぁ、ここにいろよ? お前が俺を捕まえたんだ。最后まで见届けろよ」 男は余裕の表情を崩すことはなかった。9本の楔が打ち込まれると知っても、その余裕の表情は消えなかった。 楔は1本で5年の歳月をいともあっさりその肉体から夺う。 激痛とともに。 男は3本目の楔で泣き叫び、助けてくれと恳愿した。 5本目で悲鸣は消え。 7本目で、杀してくれと泣いた。 耻も外闻もなく、ただ泣きじゃくって杀してくれと言い続けた。 12人を笑いながら杀した男だった。冷酷で非情な杀人鬼だった。 捕まえられたときだって、笑いながらササラに己の罪を自慢してくるような、そんなどうしようもない男だった。
 その男が、子供のように泣いていた。 槌鉄は激痛を伴う极刑。だが、度を越した痛みを、人の体が长く受け入れることはできない。 手の平に打たれた直径一センチ、长さ十センチの楔は瞬时に皮肤と同化してどす黒く変色し、すぐに元の色に戻る。手の平、足の甲、腕、足と打ち込まれるのが通常の执行法。 打ち込まれるたびに激痛は钝痛になり、やがて痛みを感じなくなる。 ――本当の恐怖は、それから始まる。 痛みを感じられるうちはいい。自分の体に起こっている変化に気付かずにいられるから。 だが、痛みを感じなくなった瞬间、罪人たちは始めて己の体に起こっている変化を知る。 通常は、6本目。30年のときを夺われてから、彼らは苦痛の世界から绝望の世界を垣间见る。 通り魔は、35歳の男。彼は、自分の体がどんどん干からびていく様を呆然と见诘め、初めて杀してくれと言った。 用意されたのは9本の楔。45年分の歳月。 5本以上を打ち込まれた人间は、一ヶ月以内に皆死んでいた。槌鉄で急激に夺われた年月は、人に生きるための力さえ残してはくれなかった。 男は杀してくれと泣きながら、一周间后に息を引き取った。白いベッドの上で、指一本动かせずに、彼はただ己の脳がゆっくりと死んでいくのを感じながら、うわごとのように同じ言叶だけを缲り返した。 槌鉄の由来は详しくはわからない。鉄の槌《つち》で呪物である"楔〟を打ち付ける极刑。いつしかそれが槌鉄と呼ばれるようになった。 槌鉄で死ぬ者はいない。 それは血の一滴も流さずに、人の体から时间だけを夺うように念をこめた呪物だから。 刑の执行后、罪人たちはただ生かされる。 彼らは残酷なほど安らかに、己の脳が死に绝えるその瞬间を待たなければならない。 それが极刑と呼ばれる所以《ゆえん》。「100本の、楔」 过去にそれが、たった一人の男の体に総て打ち込まれたのだ。「大怪盗クリスはな、唯一槌鉄で死んだ男だよ」「え……?」「语り部の话だと死んだらしい。最后の一本で心臓を贯かれて、真红の血があふれ出したっていう话さ」「槌鉄は呪物です。どこに打ち込まれようと、血は出ないはずだ」「ああ。――ああ、その通りさ。记录にもねぇ。だから、昔话さ」 槌鉄で死んだ男。 真红の血を流して、死んでいった怪盗。 ふと、ササラの脳裏に昨日の光景がうかんだ。 暗の中に、まるで唯一の光であるかのように现れる少女怪盗の姿が。 纯白の天使。 彼女は"大丈夫〟とささやいた。 谁に――? クリストルとは、何を指す名だったのか。「谁にそう言ったんだ? ピュア」 知らずにクリスを幼名で呼びかける。 あの时、少女の胸元には真红の石が燃えるように辉いていた。 血のような赤。彼女はいつから、あの石を持っていた? ササラは愕然と立ち尽くす。スクールでは仲がよかった。彼女のことは何でも知っていると思った。 だが、そうじゃない。 実际には、何も知らないのかもしれない。 不安で、血が冻りつきそうだった。「ピュア、お前、いったい何に巻き込まれてるんだ……?」 ササラは、见惯れた少女の笑颜さえ思い出せなかった。
午后の优しい光の中で少女は悬命に首を曲げる。「う~ん?」 手にした厚纸を阳にかざしながらくるくる回して、小さくうなり声なんかをあげている。『うまくできてんじゃねーの?』 赤い石はどこか笑いを含むような声でそう言った。「う~ん」 真っ白な少女は、石の――クリストルの声にもうなり声で答える。『うまくできてるって。そんな凝った予告状出すの、お前ぐらいだぜ?』「でも」 纳得がいかないのだろう。少女は机の上に小さな白い纸を置いた。『上出来、上出来。お前器用だな』 小さな厚纸にインクは使われていない。纸はかすかな凹凸と切り抜きだけが存在する。それが光の具合によって、见事な絵となり文字となる。 时计塔の怪盗が出す予告状は、博物馆に饰られている。もちろん、それは证拠品だ。たとえ现行犯逮捕が大前提の世界でも、**が保管するのが筋だった。 しかし、クリスの出す予告状は博物馆に保管されている。それはひとえに**が、「あの予告状は芸术品です」 なんてうっかり公共の场で言ってしまったからだ。 じゃあなんで**なんかが持っているんだ。芸术品ならしかるべき场所で、しかるべき方法で一般公开されるべきだろう。 **が押収するなんて横暴だ。 市民は声をそろえて抗议した。坚実な警官が漏らした意外な一言。その真実を彼らも见たかったのだろう。 それは小さな予告状である。 怪盗の出した、犯行を伝えるためのものだ。 **は散々渋ったが、市民の声を无视することはできなかった。结局は、自分が莳いてしまった种なのだ。 白い怪盗が出した真っ白い小さな予告状は、感心するぐらいの人を呼んだ。リュードレイ以外の町からもそれ见たさに来る者があとを绝たなかった。 そして、今も着々と博物馆には真っ白な予告状が増え続けている。「これもプレッシャーになってきちゃったよね」 始めは趣味で作った予告状だった。凹凸をつけて、切り抜きをして、建物を模したり风景を描いたりと结构楽しんでやってきたのだ。「谁かかわりにやってくれないかなぁ」『お? オレがやってやろーか?』 うかれたような、クリストルの声。「だめ」『何でだよぉ』「だってクリストル、趣味悪いもん。不器用だし」『ンだよ。爱はこもってるぜ』 とってつけたようなセリフに、クリスは溜め息をつく。过去に大怪盗と呼ばれた男は异様なほど不器用だ。それを见ていると、过去の栄光は确実に「力技」という気になってくる。「ねぇクリストル」『あン?』 小さな予告状に视线を落としたまま、少女は口を开いた。「槌鉄、痛かった?」 石が沈黙した。息を呑むような、そんな间合い。『痛かったよ。気が狂えないのを呪うぐらいには』 どこか明るく他人事のように、クリストルは返す。『100本』「100?」『そ。100本。オレが痛みを感じた楔の数。大怪盗がうけた槌鉄の数だといわれる数字』 声が続けた。『けど、违うんだ。ヤツら笑いながらこう言った』 何本目で死ぬか、赌けようか? と。 世界を骗した报いだとか、そんなことじゃなかったのだろう。执行人たちは、大怪盗を生かす気など始めからなかったのだ。 事実は隠蔽された。 転职した怪盗。执行された罪の重さ。 槌鉄で死ぬ者はいないとされた。あれは极刑だが、それそのものでは死なないはずだった。 たった一人の例外を除いては。『大丈夫だ』 赤い石は、穏やかすぎる声で少女に语りかける。『大丈夫。オレがお前を守る。オレの総てをかけて守ってやる』 手を引かせてやりたい。本当なら、巻き込んでしまいたくはない。あの苦痛を少女に负わせるのは、あまりにも残酷だ。 だが、少女は手を引こうとはしなかった。顽ななまでに己の意志を贯こうとする。 ならば自分のとる道はひとつ。『下を向くな。胸を张れ』 この小さな怪盗を、何者からも守ってやる。彼女の时间は、彼女のためにのみ存在するのだ。 だから谁かに、何かに夺われることのないように。『お前は、オレが守る』
**署内が騒然となる。 怪盗クリスからの――时计塔の怪盗からの予告状が届いた。 明晩9时、シェリー王女の王冠をいただきにあがります。 相も変わらず真っ白な予告状には、そんなシンプルな文章が大胆不敌につづられている。小さな予告状には、文章以外の凹凸がある。それは见る角度によっては、惊くほど致密な絵となった。 絵は、格式の高い建物を模《かたど》っている。 リュードレイの东部に位置する美术馆。今まさにシェリー王女の王冠が展示公开されている场所だ。 繊细で细やかな予告状は美术品としての価値もある。现に、评论家たちの间でもなかなか好评なのだ。 その纸が、微かに震えだした。「ミ、ミヤツ刑事」 傍にいた、绀のつなぎを着ている警官が慌てて彼に手を伸ばす。 昨晩の失态を思い出し、予告状を持つミヤツ刑事の手がぶるぶる震えている。それに伴って大きく揺れだした予告状を、警官は夺うように保护した。 とたんに、ミヤツ刑事は吼えた。「よく闻けヤローども!!」 すでに刑事なんだか暴力団なんだか判别もつかない迫力である。「今度时计塔の怪盗を逃がしたら、テメーら全员クビだぁ!!」 予告状を保护した警官も、その部屋にいた别の警官も、ミヤツ刑事の怒声に一瞬心臓がすくみあがった。 そして、悲鸣。「そ、そんなぁ!!」「ミヤツ刑事、それはあんまりじゃ……ッ」「うるせぇ! 文句あるならそれ相応体で示しやがれ!! 厳戒体制をしけ! 死ぬ気で働け!!」 毎日地道にこつこつ働き、働き蚁のようだとまで言われる彼ら。その彼らに、ミヤツ刑事は远虑ない骂声をあびせかける。「结果が総てだ! 结果が出せないヤツはクズ同然だ!!」 怒り心头に発する。 こうなったら、谁も止められない。烈火のごとく怒っているミヤツ刑事に、谁も声をかけられない。 警官たちはすごすごと持ち场に戻っていく。「潮时だ、クリス」 たった一人の少女を捕らえるためだけにリュードレイの中央**全体が动く。その意味を、ササラは知っている。 黒衣の少年は、活気というより杀気に満ちている**署の中で、ただひっそりと息を潜めた。 怪盗をやめればいい。それだけでいい。 现行犯逮捕が鉄则なのだ、逃れるすべなど火を见るよりも明らかだ。 なのに、クリスはそれをしない。 まるでその选択肢は存在しないかのように、彼女は夜空に舞う。 纯白の天使となって。 それが可怜であればあるほど、人々は热狂する。 大怪盗クリスの再来だと騒ぎ立て、无责任に绝賛する。その后の悲剧など知る由《よし》もなく。 いや、彼らは知ろうともしない。大怪盗がどんな末路をたどったのか、その英雄谭のみを语るだけで、真実に耳を倾けることすらしない。 极刑で死んだ大怪盗。「もう、潮时なんだ――」 罪の代偿は、あまりにも大きかった。
ミヤツ刑事は时计を见た。 8时45分。时计塔の怪盗が来るまで、あと15分。 决戦のときは间近に迫っている。「持ち场につけ! テメーの一生かかってんだ、腹ァくくれ!!」 ミヤツ刑事の声が届く场所にいた警官はざっと青くなった。転职は最大の禁忌だ。确かに前例がなくはないが、生涯后ろ指をさされて生きていかなければならない。 一つの事に打ち込み、己の名を残すことが誉とされるのだ。己を见极められずに职を退けば"人生の败者〟と呼ばれ、死んでも消えない汚点となる。 かといって、无职でいるわけにもいかない。 家も食事も何とかなるが、死ぬまで他人にこびへつらって生きてゆくことになる。 それは生涯の耻辱。 だからミヤツ刑事の「时计塔の怪盗を捕らえることができなかったら全员クビ」という旨の発言は、恐ろしく効力があった。 警官たちの颜はいつも以上にひきしまっている。「さぁ、オレたちも行くか」 ミヤツ刑事は锐くあたりを见渡して、黒衣の少年に声をかけた。 场所はリュードレイ东部に位置するグラハム美术馆。さして大きな美术馆ではないが、500年前に建造された白亜の荘厳な文化遗产である。展示するものも美术品だが展示する场所も美术品という、ある意味赘沢な建物だ。 照明は松明《たいまつ》がかかげられている。长い影が炎と一绪に揺れた。 照明器具を配置させたかったのは山々だが、昔からの馆长のこだわりで、ここには松明しかない。 建物内にはいたるところに松明がかかげられていて不便はまったく感じないが、一応用心してミヤツ刑事とササラはお互いに懐中电灯を一本ずつ所持している。 その建物に配置された警官は300名――リュードレイ中央**のほぼ全员が出払っているといってもいい。さらに东部**から50名。 おかげでどこを歩いても警官だらけだ。 时计塔の怪盗を捕まえる意気込みが度を过ぎ、捕まえる気があるというより、来させない気なのではないかと住民たちは呆れかえっている。 それほどの厳戒体制。 たかが泥棒の小娘一人にかける人员ではない。「シェリー王女の王冠、か」 ミヤツ刑事はぽつりと言った。「ティアラじゃなくて、王冠?」 女だったらティアラだろう、とミヤツ刑事は単纯に考えているらしい。真珠やダイヤで作られたティアラは高贵だが爱らしいイメージがある。彼なりにこだわりがあるようだ。「シェリー王女の父が他界するとき、王位とともに王冠を受け渡したそうです」 ササラの言叶に、ミヤツ刑事がわずかに眉を上げた。「シェリー王女は10歳で王位を継承しています。王冠は彼女にあうように作り直されました。――スターサファイアをはめ込んで、ね」「ああ、叹きの石とか言う、呪われた宝石か」 记忆の糸をたぐり寄せる。 确かもともとは指轮であったと闻いている。叹きの石といわれるように、そのスターサファイアをはめ込んだ指轮はことごとく死を招いた。 ただし、持ち主が非业の死を遂げたのではない。 持ち主の周りにいる大切な者たちが次々と死んでいったのだ。だが、その死に叹きながらも指轮の持ち主は、石の魔力に囚われたかのように指轮を手放すことができなかった。 谁ひとり爱する者がいなくなったとき、石ははじめて持ち主を呪う。新しい主人を手に入れるために。 そして悲剧は缲り返される。 叹きの指轮――叹きの石。 人を虏にする魔の宝石。 その最后の犠牲者が、シェリー王女。 王位とともに王冠を渡されたときには、彼女はすでに石の虏となっていた。「……アルゼアの呪われた皇女」 ミヤツ刑事がうめくように言った。「豊かな国だったという文献があります。彼女が王となるまでは」「呪ったっていうのか? 石が、大国を」「わずか三ヶ月で灭びました。それがどうしてなのか、理由はいまだに谜のままです。确《かく》たる证拠はない――何一つ」 黒瞳がわずかに细められる。 证拠はない。しかし噂は残る。 アルゼアの皇女は呪われていたのだと。叹きの石が、绿豊かな国に死の息を吹きかけたのだと。「それを狙うっていうのか、时计塔の怪盗は」「盗んで益《えき》のあるものではありません。むしろ、破灭を呼ぶものだ」 二人の视线の先には、小さな台があった。赤い布のかけられた高さ一メートルほどの小さな台。 その上にあるのは、大きなスターサファイアの埋め込まれた王冠。使われたダイヤは150个、ルビーは20个と记录されている纯金の呪われた象徴。 思わず吸い寄せられてしまいそうな危ういきらめきがある。手にしてはならないと、本能が危険信号を発するような王冠。「位置につけ」 歪んだ美の象徴が松明の火で揺れている。それから目を离さずに、ミヤツ刑事は物阴に向かって低い声で命令を下す。 広めの室内には、六本の石柱がある。壁に使われている石と同じ场所から切り出されたと知れるそれらの影には、警官が配备されている。 窓は西侧と南侧に一つずつ。日中は日の光を取り込むために、三メートル头上の天井にも天窓が一つ。 ふわり。 松明の明かりの中で、有り得ないほど白い影が舞い降りる。 远くで9时をしらせる钟が鸣る。 纯白の时计塔の钟。 その音に诱われたかのように、真っ白な乙女が"王冠の横〟にいた。「こんばんは」 澄んだ少女の声が、白亜に反射する。「シェリー王女の王冠、いただきにあがりました」 350人の警官の目をかいくぐって少女はそこにいた。 时间さえ冻《い》てつかせてしまいそうな、そんな静寂とともに。
 松明の明かりのもとで、少女が微笑んでいる。その手には、叹きの石が埋め込まれたシェリー王女の王冠があった。「出入り口をふさげ! 时计塔の怪盗の周りを囲め!!」 ミヤツ刑事の怒鸣り声に、警官たちは瞬时に反応する。西と南の窓、そして天窓に人影が现れる。 室内の石柱の影からは、どうやって隠れたのか首を倾げたくなる人数の警官が迅速に飞び出した。「わッ」 鬼気迫る警官の数は80人近い。さすがにクリスも惊いて小さな声をあげた。『ずいぶんとまぁ……』 赤い石は呆れたように言叶を失った。「さぁもう逃げられないぞ」 胜ち夸ったようにミヤツ刑事がにやりと笑っている。警官たちはクリスを囲むようにして、腰を低く落としながらじりじりと间合いを诘めてきた。『相棒』 ささやく石の声に、少女は小さく颔いた。「うん、この美术馆の最大の欠点――」 トンっと少女が床を蹴る。「利用させてもらいます」 纯白の影が、ひらりと宙を舞う。警官たちが唖然として虚空を见上げる。 クリスは、その一つの颜に乗っかった。「あ――」 间の抜けた警官たちの声。同僚の颜の上に、少女怪盗がいる。「马鹿モン!! 捕まえろ!!」 ミヤツ刑事の大绝叫に、警官たちはハッと我にかえって人津波となってひしめき合う。 中心にいる少女は、近いようで远い。手を伸ばしてその足を捕まえようにも、まるで幻であるかのように警官たちの上を跳び回っている。 そう、クリスは警官たちの颜の床を跳んでいるのだ。「游んでる场合か!!?」 真っ赤になってミヤツ刑事が怒鸣った。警官たちは必死で时计塔の怪盗を捕らえようと奋起しているが、それが逆効果になっていることに、彼らはまだ気付いてはいないのだ。「落ち着け! それじゃ身动きがとれない!!」 ササラも思わず声をあげた。ミヤツ刑事の胁しは、効果がありすぎた。 一生がかかっている。 怪盗は目の前。 だから、捕まえなければ―― そう彼らは思っているに违いない。どんなに穷屈で动きにくくても、そんなことにさえ気をはらえずに。「いったん离れろ! 时计塔の怪盗は逃げられない!!」 ササラの锐い一言に、警官たちの动きがいっせいに止まる。室内には80人近い警官。出入り口は封锁済み。 すでに袋のネズミだ。 ひしめき合っていた警官が、わずかに理性を取り戻す。 その一刹那。「火伤《やけど》しないでね」 少女の言叶とともに、今度は松明が宙を舞った。「うわ!?」 人垣の一部が散り散りになる。 松明とともに宙を舞っていた少女が、再び警官の颜面に着地――间髪《かんはつ》を容《い》れずに跳んだ。 どこに、と目をやった先にあったのは、石柱にかかげられていた松明。少女は何のためらいもなく、それを蹴り飞ばした。 そして床に着地。「おい、ヤバいぞ」 ミヤツ刑事がうめいた。室内は悲鸣と怒声でパニック寸前だ。クリスは警官の手をかいくぐりながら、次々と松明を蹴り落としていく。 室内が暗をはらむ。 白い影が、再びふわりと宙を舞う。少女の白い足が弧を描いた瞬间、松明がまた一つ消える。「落ち着け!!」 条件は同じはずだった。少女怪盗も警官も、暗に包まれつつあるこの一室で动きが钝くなるのは必至。 それなのに、暗に白く浮かびあがる影はまったくスピードを落とすことなく警官の间を駆け抜ける。「白いのを捕まえろ! それがクリスだ!!」 ポケットらから懐中电灯を取り出し、ササラはクリスの姿を追う。――速い。柔软に方向を変え、フェイントをかけ、しかし少女の速さは惊异的だった。
 クリスが跳ぶと同时に、松明がまた消える。「クソッ!」 ミヤツ刑事も慌てて懐中电灯を点ける。ササラ同様クリスを追うのだが、そのスピードにまったくついていけない。 室内の异変に気付いた警官たちが、おのおの懐中电灯を片手に覗き込む。光の线が室内を几重にも行き来している。そのどれもが、まともにクリスを捉えることができない。 完璧な警备のはずだった。どんな怪盗でも、両手をあげざるを得ないと思っていた。 しかし、少女はその期待を大きく裏切って宙を舞っている。「お疲れ様でした」 軽く息を弾ませたクリスは、なんと再び警官の颜面にいた。乗られている警官は、なにが起こっているのかまったくわからない様子で両手をばたつかせている。周りの警官たちは小さな怪盗に散々走り回らされ、酸欠状态で息も绝え绝えだった。 大胆不敌な少女怪盗の片手には王冠が、もう片手にはたった一つだけ残された松明があった。 光の线が少女怪盗に集中する。 室内にまともに立っているのは、刑事と探侦と少女怪盗――そして、その怪盗を乗せている滑稽な警官のみ。 クリスは大きく腕を振りかぶった。 松明を持つ右腕を。「よけてください!」 大声で警告すると、西の窓に向かって投げた。「よけるな!!」 松明を投げると同时に走り出したクリスを见て、ミヤツ刑事は西の窓を守る警官に怒鸣りつける。「うわぁあぁ」 警官たちの耳に、ミヤツ刑事の声は届いていた。もちろん、ちゃんと闻こえてはいた。しかし、激しく燃える松明の火を受け取ろうと思う刚毅《ごうき》な人间は、残念ながらそこにはいなかった。 警官たちが窓からどいた瞬间、松明が窓ガラスに当たり、少女がそれを突き破った。「马鹿野郎!!」 ガラスの欠片が月光を受けて辉く。その美しい光景に溶け込むように、纯白の少女が微笑んだ。 ミヤツ刑事が窓から身を乗り出すと同时に、外からは大歓声が响く。「クリスだ!」 予告状の噂を闻きつけて、人々が集まってきている。その谁もが、时计塔の怪盗に见惚れた。暗夜に浮かぶ白い少女は、いつもどこか现実离れしている。怪盗としては华丽な手口での盗みではない。后日详细を闻けば、皆が皆、思わず吹き出してしまうような盗み方をする。 それが逆に时计塔の怪盗に亲近感を抱かせる。「おやすみなさい」 少女は集まっていた野次马に小さく手をふって屋根の向こうへ消えた。「クソォ!!」 ミヤツ刑事は白亜の建物にこぶしをふるう。 野次马の歓声が耳ざわりでならない。**の威信はすでに地におちている。これ以上の失态は、もはや许されてはいなかったのに。「ミヤツ刑事、行きましょう」 ササラは足早にドアへ向かった。「罠は仕挂けてある」 低く锐い声で、ササラは言った。「罠?」 ぐったりと座り込む警官たちを避けながら、ミヤツ刑事はササラに続いてドアを出た。「クリスは逃げられません。――绝対に」 知っているから。 スクールにいたときからずっと知っている少女だから、ササラは彼女に罠をはる。 彼女が决して逃《のが》れられない罠を周到に、确実に。 自分らしくないことはわかっていた。しかし、もう手段は残されてはいない。 少女には极刑が言い渡されている。现行犯で捕まれば、どんな凶悪犯でも泣きながら死を乞い続けるほどの苦痛が待っている。 これ以上の罪を重ねて欲しくない。あの苦痛が少しでも軽くすむように―― ただその一心で、一番非道な罠をはる。「今日で最后だよ、时计塔の怪盗」 ササラの指示のもと、グラハム美术馆の警官たちがいっせいに动き始めた。
クリスは屋根の上を移动しながら、ちらりと王冠に目をやった。「これ、すごくよくない感じがする」『だな。早く何とかしてやらねーとな』 持っているだけで息苦しさを感じる。善良な人々を绝望のふちにまで追いやったその祸々《まがまが》しいまでの魅力は、少女怪盗と大怪盗には通用しなかった。「舍てて帰りたいなぁ」『おいおい、せっかく盗んだんだから、ちゃんと后処理までやれよ』「言ってみただけ」 本当に舍てていきかねない声で、クリスは返す。 王冠を目の高さまで持ち上げたとき南西の空が明るくなるのが见えた。「あ!」 クリスが息をのむ。 来るときは别段いつもとなんら変わりはなかった。しかし今は空がオレンジ色に染まり、ゆらゆらと揺れている。『おい、ダメだぞ!』 クリストルが几分厳しい声を出す。『今は仕事中だ。时计塔に帰るのが最优先だ』「うん、わかってる!」『って、全然わかってねぇ!!』 真红の石が悲鸣をあげる。少女が方向を変えたのだ。『西だ、西!! そっちじゃないだろ!?』「うん!」『返事だけか!?』「うん!!」『だぁあァ!!』 南西の空が刻一刻と明るくなっている。「チェスター修道院だ!」 大きく揺れる炎。风で流れた火の粉が天を焦がす。 人々が窓を开け、燃え盛るチェスター修道院を指差した。130年前に建てられた木制の修道院は20人近い修道女が暮らしている。その木制の建物は、老朽化が目立ち近く建て直される予定であった。 グラハム美术馆同様、ここでも野次马たちがぞろぞろと颜を覗かせ始めている。「危ないから近づいちゃダメです!」 兴味津々で修道院に押しかける野次马たちに、クリスは大声で注意を呼びかける。野次马たちは一斉に少女怪盗を见上げ、歓声をあげた。「崩れたら大怪我しますから、近づいちゃダメですよ!!」 クリスの呼びかけを闻いているのかいないのか、野次马たちは大きく手をふっている。クリスの手に持たれているのがシェリー王女の王冠だと知ると、野次马たちはさらに活気付いてゆく。 その人だかりの向こうに、燃え盛る修道院に入っていこうとする警官がいた。 火のまわりが速い。 警官は一瞬ひるんだ。「人が――」 まさかと思いつつ、クリスが修道院のすぐ近くの建物の屋根に移动する。热気が頬をなでる。「どうしたんですか!?」 クリスの声に警官は一瞬あたりを见渡した。 そしてすぐに纯白の时计塔の怪盗の姿を见つけ、一瞬言叶をつまらせる。「どうしたんですか!? まさか、まだ中に――」 クリスの言叶に、警官は小さく颔いた。「修道女が一人、逃げ遅れたという通报が……」 汗びっしょりになりながら、警官は火の手から颜を守るようにしてドアに近づいていく。「わかりました」 クリスは屋根を蹴った。『バカ! 死ぬ気か!?』「见舍てておけないよ」 飞び乗った修道院の屋根から热気が伝わってくる。 时间がない。 人々の歓声なのか悲鸣なのかもわからない声を闻きながら、クリスは王冠を屋根の上に置き、倒立でもするかのように両手で体を持ち上げた。 その势いを使って、すでに热でガラスの割れてしまっている木制の窓に突っ込む。 木の割れる音と同时に膝に痛みが走る。 そして、外とは比べ物にならないほどの热気と烟。「わッ」 幸い火のない场所に着地できたが、スカートの裾が火をもらっていた。 クリスは慌てて火をはらい、涙目になる。「この布防炎なんだ~マルシアさんとバルバロさんにお礼言っとこ!」
 クリスはほっと胸をなでおろす。でなければ、ひらひらのクリスの服はすぐさま火だるまになっていただろう。『ヨユーだな、お前』「い、いっぱいいっぱいデス!」 考えなしの少女の行动にクリストルは本気で呆れている。いつも色々と创意工夫を凝らしてくれているバルバロが気まぐれで防炎性の布を用意してくれなかったら、そしてそれをマルシアが裁缝してクリスに渡していなかったら、少女は确実に命を落としていたに违いない。 もちろん防炎は防炎で、必ず燃えないというわけではない。燃えにくいだけという话だ。気をつけなければいけないことには変わりはなかった。『さっさと逃げ遅れ探せよ』「うん」 少女はなるべく火のない场所を选んで走る。それでも热気が少女の柔らかくみずみずしい肌を容赦なく抚でてゆく。「热いよぉッ」『当たり前だ!!』 クリストルが声を荒げる。怒っているのだ。『どんな酔狂だよ、ったく……』 ブツブツ言うその声に混じって、木の燃える音とは违う、まったく别の音が闻こえてきた。 咳き込むような音。 クリスはとっさに视线を走らせる。「谁かいますか!?」 再び谁かが咳き込む。火と烟に包まれる廊下をぬけて、声のするドアを开けた。 ドアの向こうは白くけぶっている。白い烟の中に黒い烟も混じっている。长くそこにいることは危険だと、クリスはそう判断した。 身を低くして烟を避けるように歩くと、烟の奥に修道着を着た女の后ろ姿が见える。彼女は激しく咳き込んでいた。「大丈夫ですか!?」 とっさに女に駆け寄った。烟が浓い。早く救出しなければ、烟と炎に巻かれて命を落としかねない。 クリスは女の肩を抱く。妙に厚みがあると、そんな思いが胸を掠める。 女は激しく咳き込みながら青白い颜を上げた。「え……?」 クリスは呆然と修道女の颜を见た。 年若い女なのか、老女なのかはどうでもいいと思っていた。人がいると警官が言ったから、燃え盛る修道院に入ったのだ。 修道女が一人逃げ遅れたと、警官はクリスに言った。 しかし、修道着に身を包んでいたのは精悍な颜をした男だった。颜も背格好も、普通にしていれば决して女と见间违うはずはない。それは谁がどう见ても修道着を穷屈に羽织っている绀色のつなぎを着た警官だった。 男はクリスの腕を容赦ない力でつかんで、にぃっと笑った。「捕まえた」 青白い唇は、ゆっくりとそう吐き出した。
これが罠だったと言うことに、すぐに気づいた。 こんな方法をとるのは――おそらく、ササラ。黒衣をまとう小さな探侦。 スクールで机を并べたこともある友だった。「命はそんなに軽くないよ」 掴まれた腕を振り払うことなく、少女は小さく言った。轰々と燃え盛る室内で掻き消えてしまいそうな小さな声。 しかし、その声は确かに警官に届いていた。「行こう。この建物、もうもたない」 ゴホゴホと咳き込む警官を支えて、クリスは立ち上がる。 立ち込める烟、容赦のない热気。クリスはわずかによろめきながら、男を火から远ざけるように道を选んでいる。 强く腕を掴んでいた手が、动揺を示すように少し缓んだ。「振りほどけば、いいだろう」 苦しそうに眉を寄せ、男はなんとか言叶を吐き出す。 小さな白い怪盗は抵抗一つしない。そのそぶりさえ见せていない。 男は少女の抵抗を予期して、浑身の力でその腕を掴んでいる。その痛みと、実行犯で捕まった后に访れる槌鉄の恐怖で、彼は必ず少女が抵抗すると思っていた。「振りほどいて逃げるの? お兄さんをおいて、逃げるの? 时计塔の怪盗が盗むのは人の命じゃないよ」「――……」「私が盗むのは、悲しみを纺ぐ名作だけ。名を残す怪盗は"救いの御手《みて》〟なんだよ」「救い……?」「大怪盗クリスがそう呼ばれてたの。怪盗の中でね?」 赤い石と成り果てた大怪盗は、少女の胸元で辉く。命はとうに尽きているのに、生きることも死ぬこともできずに世界に缚りつけられている男。「"救いの御手〟は人の命を盗まない。だからお兄さんもその命、軽く见ないで」「オレは……警官だ……」「うん。私を捕まえなくちゃいけないんだよね? わかってるよ」 少女は小さく笑った。「わかってる。けど、私がもしここに来なかったら、あのまま死ぬ気だったでしょ? 名を残すことは誉れだけど、命をかけちゃダメ。残された人が泣くようなことをしちゃダメ。名誉は生きて手に入れるからこそ意味があるんだよ」 そう言った少女を、警官は茫然と见诘めている。 敌対するものに谕されるとは思ってもみなかった――いや、そんな事ではない。彼はようやく気付いたのだ。自分がいかに盲目であったのかを。 探侦ササラが打ち立てた计画。それはほんの一部の警官だけに知らされ、极秘裏にすすめられたものだった。 命をかけた大役を彼は自ら志愿した。 死んで名が残るなら、それもまたよいのだと。それこそが望みだと――残された妻も娘も、夸りにしてくれるだろうと本気でそう考えていた。 残された者が泣くことも知らずに。『バカな男だな』 小さく赤い石がつぶやく。どこか自嘲気味に、同情するように。『バカな男。本当に大切なものは、すぐ手の届く场所にあるっていうのにな』 多くの人间がそれに気付けずにいる。気付かないまま死んでいく者もいる。気付いたときには取り返しのつかない场合も多い。 だが、この男は気付いた。 幸いにも気付くことができた。『さぁ间违えるな。お前の望む未来はどこだ?』 小さな小さな石のつぶやき。 燃え盛る炎の中で、それは谁の耳にも届くことはなかった。それなのに、不意に少女にかかる重みが减った。 クリスが男を见上げると、彼はまっすぐ前方を睨みすえている。今までうつむき加减だったその颜に、不思议と生気が戻っている。「悪いが、この手を离すことはできない」 警官の表情で、男が迷いなく告げる。「――うん」 予想していた言叶に颔き、「とりあえず、生きてここから出ないとね?」 そう微苦笑で答え、クリスも前方を见た。 劫火が涡となり行く手を阻んでいる。警官を置き去りにすれば、クリスだけならばここから逃げ出すこともできる。火の手の少ない场所を选び、手近な窓から外へ飞び出せばいい。幸いクリスの服は防炎だ、危険もいくらか回避できる。 クリスはきゅっと警官の腕を支える小さな手に力を込める。 歩くことも困难な警官を窓から脱出させることは、非力な少女には不可能―― 警官の体は异様に热い。 このままでは、焼け死んでしまう。『相棒、代われ。そいつ一人なら背负って运んでやる』 クリストルがそう声をかけた瞬间、不意に正面の――ドアが、揺れた。 炎が大きくゆらめく。歓声が木の焼ける激しい音の合间に漏れ出している。 再びドアが大きく揺れた。 激しい音とともに、ドアが吹き飞んだ。その向こう侧には、直径30センチほどの丸太を支えた绀のつなぎ军団が见えた。『うわ、もぉ最悪』 思わず真红の石が、クリスの饮み込んだ言叶を代弁した。
后退するわけにはいかない。支えている警官は、もうこれ以上ここにいれば命が危険になる。 放り出して逃げれば、気力だけで立っているような彼は自力で脱出することは不可能。 クリストルに托す方法は――ある。 しかし、まだ火の手が回っていない部屋などあるのか。両侧の壁は轰々と燃え盛っている。いつもはきっと薄暗いのだろう长い廊下、その先に続く廊下も、やはり炎のために异様なほど明るい。 火の势いが激しすぎる。 一人でなら行けるかもしれない。だが、二人となると、その生存率は恐ろしく低くなる。『相棒』 バケツリレーで玄関の火の手を抑えている警官に向かって歩き出した少女に、赤い石は动揺した声で呼びかけた。「――ごめんね、クリストル」『バカ、谢んなよ』 警官が确実に助かる道を少女は选ぼうとしている。自分がその后どうなるかも、もちろん承知の上で。「お前……」 警官も、动揺してクリスを见下ろした。 小さな怪盗はひどく穏やかな表情で前を见诘めていた。 火の势いは相変わらず激しい。刻一刻とその势力を増している。それでも、玄関だけはバケツリレーのおかげで火の势いが衰えているようだ。「おい、给水车はまだか!?」「ホース早くもってこい!!」「バケツのある家は贷してください!!」 さまざまな声。水の入ったバケツを持った野次马が、警官たちに混じっていく。 と、野次马の一人がバケツを放り出して、警官の一人を羽交《はが》い缔《じ》めにした。まるでそれを合図にしたかのように、野次马たちが次々と警官たちを拘束し始めた。「おい、なにを!?」「离せ!?」 わっと野次马が修道院の玄関に集まってきた。「警官入れるなよ!!」 男が大声で后方に呼びかける。"民众〟が、瞬时に"人垣〟になった。 修道院を包囲しようとグラハム美术馆から駆けつけた警官の数は300人近い。その全员が、野次马の作った壁の外侧でなにが起こっているのかわからず唖然とした。 修道院の玄関の消火作业を行っていた警官は、次々と野次马に羽交い绞めにされて玄関から引き离されていく。代わりに、バケツを持った别の野次马たちがワラワラとよっていく。「おい、ここを通せ、なにをやってるんだ!?」「そりゃこっちのセリフだよ!!」 警官の怒声に负けず劣らず、モップを片手に部屋着姿の中年女が怒鸣り返した。「なにをやってるんだ、警官どもは!? 仲间助けようと飞び込んだ女の子を寄ってたかって追い诘める!! それがあんたたちの仕事か!?」 ぐっと警官が押し黙った。「人の命が最优先だ。そんな简単なこともわからないのか!?」 騒然とした修道院の前で、それでも女の声はよく通った。 怒りと苛立ちのない交ぜになった言叶。その言叶は、ここに集まった人々すべての思いでもあった。「警官を一歩も修道院に近づけるんじゃないよ! こっから先に行きたかったら、あたしらが相手になる」 始めの言叶を野次马に、続く言叶を**に放ち、女は手にしていたモップをかまえた。 燃え盛る修道院を背に、人垣は强固な壁となる。「バケツもってこい、バケツ!!」 玄関付近で、男が怒鸣った。 始めから修道院に配置されていた20人の警官は、すでに野次马に取り押さえられている。 火の势いが弱くなる。 依然として燃えつづける修道院の中で、その入り口だけが火の势いを弱めている。 一歩ずつクリスはよろめきながらそこに向かう。灰ですすけた少女が见えたとき、野次马たちが歓声をあげた。 クリスに支えられたまま、警官は一瞬息をのんだ。クリスの细い腕を掴む手に、さらに力がこもる。
 怪盗は警官に捕まったまま、ようやく玄関を抜けた。 消火活动に参加した男たちは、その姿を远巻きに见诘めている。 すると、小さな影が后方の人垣から飞び出して、男たちを掻き分けてきた。 大きな熊のぬいぐるみを抱いた5、6歳ほどの少女だった。ピンクのパジャマも长い髪も、炎の色に染まっている。「パパ!」 ぬいぐるみを落としたことにも気付かずに、少女はボロボロの警官に向かって必死で走ってくる。 クリスの腕を掴む手が缓んだ。崩れるように座り込むと、彼はそのまま、泣きながら駆け寄ってくる少女を抱きしめた。 自分が死んでいたら、我が子を抱きしめることもできなかった。そんな単纯なことに彼はようやく気付く。 颜をあげると、そこには妻がいた。 部屋着姿の女。 よほど急いでいたのだろう。その足には何も履かれていなくて、髪はぼさぼさで、颜は涙でぐちゃぐちゃで。 ひどい姿だった。 それでも、彼にとっては最爱の女だった。 女は无言のまま、警官を抱きしめた。 彼は目を伏せ、それから少女怪盗を见た。 口元に小さな笑みを刻み、微かに颔く。自分の腕で掴むのは、爱する家族で限界だ。初めて彼はそう思った。『それがお前の望む未来}

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